第二十四話「女将の想い」
毎日繰り返されるチェックアウトの喧噪。今日は、いつもより波が高いようである。慌ただしい人の動きの背景には、白い波頭が立っていた。
チェックアウトも落ち着き、いつもの朝礼も終了した後、道元は女将を呼び出した。
「いつもお疲れ様です。」
道元は、いつもと変わらない笑顔で女将に話しかけた。
「あら、道元さん。今日はどうしたのかしら。あらためてお呼び頂くなんて。」
女将は、少しおどけて応えた。今月に入って、客室稼働率も前年同月対比で上回っており、最近の取り組みに自信を持っていた。これまで自分がやってきた事は間違いでは無かった、そんな証が数字となって現れている事に確かな感触を得ていた。
そんな女将の様子を気づいているのか、気づいていないふりをしているのか分からないが、道元は話を進めた。
「先代の社長がお亡くなりになってから、女将はかなりご苦労されたんでしょうね。これまで、女将の頑張りを見るにつけて、そう感じています。」
「確かに、私は旅館経営の何かが分からないまま、ここまで来ました。それが正しいのか、間違っているのか、それも分かりません。ただ、売上は減少傾向で、人を削ったりして何とか利益を出そうとしてきましたが、それもままならない状況です。ただ、・・・。」
「ただ?」
「今の従業員の頑張りを見ていると、いつかはきっと良くなると思えるんです。」
女将は、淹れ立ての旅館オリジナルブレンドのコーヒーを一口そっと啜った。しばらく、揺れ動くコーヒーが静まるのを待って、ふっと道元を見上げた。
「私はどうなっても良いんです。でも、給料も上がらないまま頑張っている従業員が、かわいそうで。今の従業員が頑張っているからこそ、わざわざ遠くからおいで頂くお客様が喜んで下さると思うの。だから、従業員は大切にしたいんです。」
「女将の気持ちはよく分かります。利益が十分に出ない以上、どうしても原価や人件費を抑えざるを得ない。そんな状況においても、従業員は文句も言わず、いやむしろ前向きに女将と一緒に頑張っていこうとされている。そんな従業員の気持ちを大切にしたいという女将の気持ちはよく分かります。」
女将は、鏡面のごとく動きの無いコーヒーを見つめていた。すると、いきなり立ち上がり、
「道元さん、私は何が何でもこの旅館と従業員を守らないといけないの。私の気持ち、お分かりになるでしょう。」
そのまま、さっと踵を返して立ち去っていった。
つづく