第五十九話 『招かれざる副社長』
会津のお宿花やしきは、創業60年の会津地方においては老舗であり、古くから地元の名家であった。先代の社長は町会議員が長く、地元選挙区から出馬した衆議院議員の後援会会長でもあった。そのため、政治力も同業他社の社長とは比べものにならない。その父の後を受けた朝倉英二も政治力のある人間であった。
朝倉社長は、当社の番頭である月野常務と向き合っていた。
「どうかね、月野常務。道元さんの様子は。」
「えぇ、毎日現場をうろうろされて目障りですよ。勝手に幹部を集めては、経営改善委員会とやらを開催して、何やら話し合いをしていますがね。その委員会に出席している森 重営業部長から話の内容は全て聞いていますから、まあ私に筒抜けですがね。」
朝倉社長は、以前道元からそのような話があったことを思い出した。確か、幹部と現場のリーダーを集めて、当社を盛り上げるための具体的な改善策を検討する委員会を作りたいといった内容だった。まずは好きにさせようと思い、了承した集まりであった。
「で、何を話し合っているんだ。」
「いや、何も話し合っていないようです。森重部長が言うには、出席メンバーがそれぞれの部署の現状や問題点などを発表しているだけのようです。その話を受けて、何を決めるでも無く、何かするわけでもなさそうです。」
朝倉は少し怪訝な顔をした。
「月野常務。道元さんは我々が望んで招聘した人間では無いことはよく分かっているよな。メインバンクのご機嫌取りで付き合っているだけだ。適当に動いてもらって、適当に仕事をしてもらえばいいんだ。我々に害が無いようにな。しっかり、見ていてくれよ。」
「えぇ、もちろんです。変な動きはさせませんから。」
月野は不敵な笑みを浮かべた。そうして、恭しく社長に礼をした後に踵を返した。
「道元副社長。この委員会も始めて3回目ですが、毎回各部署の話を聞くだけで、何も決まっていませんし、我々はどうすれば良いのかも分かりません。いや、むしろ・・・。」
森重営業部長は途中で話を濁してしまったが、この委員会への出席の意味が無いと言いたそうなのは、他の出席者から見てもありありと分かった。
「いや、これでいいんですよ。まあ、しばらくお互いの話を聞いてみましょう。」
道元は森重の言葉に全く意を介すことも無く、委員会の進行を進めた。すると、フロントマネージャーの嵯峨野が話し始めた。
「これまで、道元副社長のように経営者が我々の話を聞いて頂ける機会はありませんでした。確かに、この委員会で何かを決めて、それを実行しているわけではありませんが、これはこれで良いと感じています。」
他のマネージャーも軽く頷いたようであった。森重は嵯峨野の顔を見て、フンと鼻を鳴らした。
…つづく