第五十五話 「会津の名士」
今回ばかりは、道元もどのように再建を進めるべきか、ぼんやりと思い悩んでいた。
まだ旅館にたどり着く前であったが、照り返す太陽の光が眩しすぎた。これから自分に降りかかるであろう困難が、ゆらりと立ち上る熱気と共に、前を遮るようであった。道元は、珍しく目眩を覚えた。
そうこうしているうちに、ようやく旅館のエントランスが見えた。こんな辺鄙なところに似つかわしくない豪奢なアプローチが、道元を出迎えていた。その後ろには高くそびえ立つ館が2棟配置されていた。屋根は瓦葺きでちょっとしたお城を見ているようだった。
館の間には大きな空間があるため、広大な中庭か大広間や大浴場があるのが分かった。
入り口の大きなのれんをくぐり足を進めると、金色と赤色の混じった足の長い絨毯が目に飛び込んできた。エントランスホールの中程にはアーチ状の木造の橋の下を小川が流れていた。
「道元様。ようこそいらっしゃいました。」
朝倉綾子、3代目社長である朝倉英二を支える女将であった。会津地方の女将会の会長を務めるなど、会津地方、いや福島県内においては知らないものはいないと言われている名物女将である。
「お暑い中、大変でしたでしょう。連絡頂ければお迎えに上がりましたのに。」
女将は道元の鞄に手を掛けてすっと受け取った。鞄を受け取る際にさりげなく下から目配せをして鞄を預かることの同意を得る様は、しなやかで洗練されていた。スムーズで知らない間に女将のペースに乗せられてしまう、不思議な接遇であった。
そのまま女将に案内された先は、社長室だった。
「道元さん。この度はお世話になります。」
深々と頭を下げて迎えたのは、社長の朝倉英二であった。折り目の正しい高級な生地のスーツを身にまとっていた。会津の奥地という田舎に似つかわしくない、トラディッショナルなスーツであった。英国製の生地と仕立てだろうか。いずれにしてもオーダースーツである事は体型にぴったりと合ったシルエットからすぐに分かった。
「こちらこそ、お世話になります。」
道元は短く挨拶をした後、社長の勧めに従ってソファーに座った。
「こんな田舎の旅館にわざわざおいでいただくくことになってしまい、私としても面目ない気持ちで一杯です。しかし、せっかくもも銀行の岡島部長からの勧めで旅館建て直しのプロを招聘していただいたことに、今は感謝しているんです。私も父から旅館経営が何たるかを教えてはもらいましたが、朝倉家の自己流である事には間違いない。いい機会だから、自己流から現代にマッチした経営に変えていきたいと考え直したんです。」
60代半ばであろうが、50代に見えるほど若い。髪もふさふさとして黒く染めており、髪の乱れが全くなかった。それから社長はこれまでの朝倉家のことについて語り始めた。
…つづく