コンシェルジュノート

2012/04/09 再建屋 道元

第二十五話「部屋の安売り」

 フロントバックでは、営業スタッフとフロントスタッフ数名が鷺沼営業部長を取り囲んでいた。真ん中に陣取る鷺沼営業部長は、険しい顔をして廻りのスタッフを見回していた。
「鷺沼部長、売れる日にこんなに安く客室を販売していたら、儲けなんか無いんじゃないですか。」
フロントスタッフが営業スタッフに対して、最近販売価格を下げて無理矢理お客様を獲得しようとする姿勢を批判しているようであった。
「そんなこと言ったって、女将の指示なんだから、仕方ないんじゃ無いの。とにかく、部屋を埋めなさい、空いている部屋があったら投げ売りでも良いから、とにかく売りなさい、って毎日言われ続ける俺たちの身にもなってくれよ。そうしたら、仲間内から非難されるんじゃ、やってらんないよ。」
営業スタッフは、毒づいた。
「どうしてこれだけ部屋が埋まっているのに、売上が上がっていないの、って言われるのはフロントの我々だよ。我々は、予約されたお客様のお部屋をアサインするのが、主な業務なのに。ネット販売はしているけど、それほどの販売量はないし・・・。」
フロントスタッフと営業スタッフの言い分は、それぞれにありそうだった。
「営業としては、とにかくエージェントを回って、担当者と粘り強く打ち合わせをしてくれ。部屋を埋めなきゃいけないのは、当然だ。しかし、何でもかんでも安売りして良いわけもない。担当者に少しでも高いプランを採用してもらえるように、しっかりと交渉するしか無いだろう。」
鷺沼営業部長は、堂々巡りの議論に嫌気がさしているようだった。このような議論は、ここ最近多くあり、正直うんざりしていた。
「営業とフロントは、それぞれ自分の役割を果たすよう、頑張るしか無いだろう。営業は少しでも高く販売する。フロントはスムーズに部屋をアサインして、各部署のスタッフにしっかり情報を伝達する。それで、良いじゃないか。」
そう言って、鷺沼営業部長は、集まっていたスタッフに持ち場に戻るよう、手で追い返す仕草をした。
このやりとりを見ていた道元は、鷺沼営業部長を呼び出した。
「営業とフロントにそれぞれ女将が、ばらばらの指示を出すから、こうなるんです。旅館の同業者から最近仕入れたネタみたいなのですが、旅館は装置産業だから、固定費が重い。その場合は、とにかく装置を回転させる、つまり客室をバンバン売らなきゃ駄目だ、と言う様なことを聞いたらしいんですね。だからさっきのような指示を営業に出しているんだと思うんです。」
鷺沼営業部長は、半ばあきらめの表情で道元に打ち明けた。
つづく