コンシェルジュノート

2012/03/12 再建屋 道元

第二十三話「季節外れの海猫」

 いつものように厳粛な雰囲気の中、朝礼が行われていた。女将の笑顔と厳しさの入り交じった態度とスタッフの従順に頭を垂れる態度が対照的であることに、道元は気づいた。今まで、何度となく見てきた光景であったが、少しの違和感を覚えていた。しかし、それが何から来るものなのか、自分でもよく分からないでいた。今日の朝礼で、それが何なのか、見えてきた。
 それは、信頼感の糸が切れかかっている光景であった。
 女将は、女手一つで亡き社長の後をがむしゃらに頑張ってきた。経営のことは分からないとうそぶくが、本音では自分がこの旅館を回している、経営しているという絶大な自負心があった。その根底には、恐らく先代の社長の、この旅館にかける思いを大切にしたいという女心があるのだろうと道元は考えていた。
 一方、スタッフの方はと言うと、自身がこなすべき担当の業務はしっかりこなして、女将の期待に応えたいと頑張ってきた。やはり、女将はオーナーで経営者。彼女の言うことに応えることが、自分が認められる唯一の方法であることも分かっていた。恐らく、打算的な思いと言うよりも、心の底から女将を助けて、この旅館を盛り上げたいと考えてきたに違いない。
 だが・・・、残念ながら女将は女将であって、経営者ではない・・・。
 スタッフの誰もが、うすうす感じていることだった。しかし、誰もが決して口には出さなかったし、出そうともしなかった。誰かが口に出すと、この旅館を作り上げてきた自分たちの努力が跡形もなく消えてしまうような恐怖感を覚えているのだった。
 お互いがお互いの方法で頑張っているのに、すれ違いが起こり、お互いに不信感を募らせている。全く不幸な状況に陥っているようであった。
 朝礼を行う女将やスタッフの背景には、いつもより暗く重い色をした海が広がっていた。空に浮かぶ黒い雲と海の境界線が一体となって、大きな壁となっているようだった。その壁の前を飛び交う季節外れの海猫が、とても小さくそしてとても煩わしく見えた。
 つづく