コンシェルジュノート

2011/06/07 再建屋 道元

第5話「不文律」

 道元がこのホテルに来て、はや1ヶ月が経とうとしていた。少しずつであるが、ホテルで働くスタッフの特性が見えてきていた。どのスタッフも目の前にいらっしゃるお客様を大切にする気持ちが強く、洗練はされていないものの十分におもてなしが伝わるサービスを提供していた。例えば、フロントスタッフは、ロビー周辺でどこへ行けばよく分からない素振りを見せているお客様を見つけると、すぐさまフロントカウンターを出てお客様の側へ向かう。レストランスタッフは、お客様が最後のたばこを取り出し、空いた箱をつぶしてテーブルに置いておいたところを見て、すぐさま駆け寄り「新しいおたばこを買って参りましょうか。」と尋ねる。ハウスキーパーは、客室を清掃しながら、連泊しているお客様が置いている電気シェーバーや携帯の電源コードなど私物が置いている場所を、寸分違わず元に戻す。当たり前のことであるが、そのレベルがスタッフによってそれほどばらつきが余り無いことに道元は感心していた。教育をきちんとしている風でもないので、やはりこの地域の住民の特性かも知れない。

 しかし、おもてなしのすばらしさと同じぐらい可笑しいこともあった。例えば、フロントスタッフがレストランの場所が分からずに迷っているお客様を見つけて、ご案内しようとする時に、たまたまレストランの営業時間の終了時間際だったことがあった。今、ご案内してレストランのスタッフに依頼すれば、レストランスタッフも一人でも多くのお客様をお迎えしたいと思っているはずなので、快く受け入れてくれるはずだと思った。しかし、そんな時にフロントスタッフは、「レストランは営業を終了しておりまして、申し訳ありません。」と返してしまう。道元は不思議に思い、そのフロントスタッフにどうしてご案内しないのか尋ねた。その答えは、「だって、レストランにはレストランに都合があるからです。私がご案内しても、レストランは営業終了の段取りをしているので、受け入れる体制には無いんです。」レストランだって一人でも多くのお客様に利用してもらいたいと思っているのではないかと、食い下がったが、答えは変わらなかった。

 一事が万事そうであった。他の部門には関わらない。そんな不文律があるようであった。

 

 「どうしてなんだろうか。他の部門と連携をとればもっとお客様に喜んで頂けるしかけができるのに。」

 道元は、夕日が美しい海を眺めては、一人つぶやいた。

 

つづく