ホテル旅館における業務効率化の”カンどころ” 第3回: 業務効率化の、”定石”を知る
前回は、業務効率化、業務改善は、具体的な「打ち手」を考える前のプロセスが
重要、という観点から、
業務の全体を見わたして、課題を洗い出し、 【A】
優先順位の高いものから、根本的な原因を特定し、【B】
固定観念を取り払い、柔軟な発想で取り組む 【C】
という、3つのステップが必要であることをお伝えしました。
こうして進むべき方向が定まったら、ここから先は実行あるのみ。
ではありますが、その「実行」の段階で、つまづいてしまった経験を、
多くの方がお持ちなのではないでしょうか。
実際に業務効率化を進めていく上では、現場に改善を定着させるための、
いくつかの「定石」が存在します。
最終回となる今回は、その3つの定石についてご紹介していきます。
【定石 その1 : まず、切り分ける】
【定石 その2 : ひと目でわかるようにする 】
【定石 その3 : 近づける 】
【定石 その1 : まず、切り分ける】
業務や作業を、大きな塊として捉えるのではなく、
まず、考えやすい単位に分解した上で、その小さな塊について対策を講じる、
という「定石」です。
第1回で登場した、接客業務をマニュアル化する、という課題について
この定石を当てはめつつ考えてみましょう。
手厚いサービスをセールスポイントにしている老舗旅館様などでは、
「マニュアル化がなじまない」と感じておられる方も多く拝見します。
これは、「接客」という大きな言葉でその業務を捉えてしまっていることが
最大の原因なのではないでしょうか。
たとえば、以下はいずれも「接客」に含まれるご対応の例ですが、
(1) 客室のセッティングや最終チェック
(2) フロントでの予約内容の確認、記帳手続き
(3) 古くからのリピーターのお客様へのお声がけの仕方
(4) アレルギー対応でトラブルになったお客様へのご対応
これらは、上から順に、
▼ 定型業務
(日常的に発生する作業。アルバイトスタッフでも対応可能)
↓
▼「非」定型的業務
(めったに起きない事象、業務。対応できるスタッフは限定される)
と、考えることができます。
(4)の業務をマニュアル的に対応することは、当然ながら難しいわけですが、
(1)や(2)の業務であれば可能なはずです。
また(1)や(2)は、毎日かならず、大量に発生する業務でもあります。
※ 第2回で触れた「量」×「頻度」の観点を思い出してみてください。
マニュアル化によって、新人がすぐにでもこの作業をこなせるようになれば、
ベテラン社員は作業負担が減るだけでなく、育成の時間も不要になります。
結果として、(3)や(4)の業務にしっかり時間を取れるようになり、
(1)~(4)のすべての業務が改善されることになるでしょう。
これだけで、「接客のマニュアル化」という大きな難問が、
手の届く、現実的な目標に変わるのです。
【定石 その2 : ひと目でわかるようにする 】
業務をマニュアル化しても、そのマニュアルを誰も読んでいない
マニュアルやルールがあること自体、知らないスタッフがいる
ということも、よくあるケースです。
サービスの現場は、常に動いています。
冊子になったマニュアルが事務所に置かれていても、誰にも活用されないのは、
ある意味、仕方のないことです。
ではどうするのか。
そのために必要なのが、作業が行われるその場所に、必要な情報を、
「ひと目で分かる」ように提示する、ということです。
具体的には、
▼ 客室のセッティングや最終チェックであれば…
セッティングされた状態の見本と、必要備品の写真入り指示書を持ち歩き、
必ず見比べて作業を行うように定める
▼ フロントでの手続きについての手順書であれば…
1枚もののフロー図で、フロントデスク内の見えやすい位置に掲示しておく
▼ 飲料や備品類の在庫切れを防ぐには…
必ず置き場を定め、その場所にテプラでラベルを貼っておく
(空きがあれば、目立つ状態になるようにする)
といったようなやり方が考えられます。
実はこれは、カイゼンの本家、トヨタ生産方式で使われる
「自”働”化」を応用した手法です。
異常が発生すれば機械が止まるので、ひとりでも、効率良く多くの機械を目で
見て管理できます。
この「目で見る管理」=「問題を顕在化する」ための重要な道具としてトヨ
タの工場には「アンドン」と呼ばれる異常表示盤のシステムが設置され、生
産工程の異常がひと目でわかる仕組みになっています。
異常の発見を人間の目に頼ると、
たいへんな集中力でラインを監視する作業者が必要となります。
人件費のムダであるだけでなく、人間にミスはつきもので、
根本的な対策にはなりません。
「異常を発見する」部分だけを機械に任せ、対策は人間が検討する、と、
異常への対応を2段階に分けたのが、この「自”働”化」なのです。
※ 定石その1とも通じますね。
【定石 その3 : 近づける 】
これも、製造業のカイゼン手法からの応用です。
製造業の世界には、「一歩一秒一円」という言い方が存在します。
1歩歩くのに1秒かかり、これは1円の原価に相当する
逆に言えば、その1歩を減らすことで、1円のコスト削減が可能となる
ということを、端的に表現した言葉です。
サービス業は製造業に比べ、ここまでのコスト感覚を要求されるケースは
少ないかもしれません。
しかし、サービス業の業務にこの考え方を当てはめると、
さまざまな効率化の可能性が浮かび上がってくるはずです。
▼ 客室チェックの際、不足した備品を取りに館内を何度も往復したり、
▼ フロントでお客様の予約内容を確認するため、たびたび事務所に戻ったり、
▼ 品切れの酒を探すために、厨房の中を右往左往したり、
「一歩一秒一円」にのっとって計算すれば、
これらは、数百円から数千円のムダ、ということになってしまいます。
これらのムダは、お客様になんの価値ももたらしません。
ムダとなったこの時間を、お客様のサービスに転換できれば、
むしろ、付加価値の創造につながることでしょう。
ムダを廃し、業務を効率化することがコスト削減につながるのは無論のこと、
収益の拡大にまでつながる可能性がある点が、製造業との違いなのです。
さて、「近づける」の原則から、具体的に上記の対策案を挙げるとすれば、
▼ 必要頻度の高い備品は、各階のリネン室に予備を置く
定位置にラベルを貼り、在庫切れがひと目でわかるようにする
▼ お客様の予約内容は事務所とフロント、その他の場所でも確認できるよう、
ITシステムを活用する
▼ 飲料類は、納品されたとき、品名を書いた「発注指示書」を
最後の1本(ケース)の手前に置いておき、その紙が見えたタイミングで
購買担当のところに持って行く
といった施策が考えられます。
また、「近づける」は、ヒトの動きだけでなく、
モノの場所や動きにも注目すると、効率化の選択肢が拡がります。
「発注指示書」を、現物と一緒に置いておく、というのも、その一例です。
以上、3つの「定石」をご紹介しました。
すべての問題が、これで片付けられるものではありませんが、
この発想を使うのと使わないのとでは、
取り組みのハードルが大きく変わってくるはずです。
ぜひ、手近な課題から当てはめてみていただければと思います。
最後に
「ホテル旅館における業務効率化の”カンどころ”」と題し、
3回にわたってお届けいたしました。
この連載の間にも、訪日外国人の誘客目標値が、2020年に2000万人から、
2倍の4000万人に引き上げられるなど、ホスピタリティ産業をとりまく環境は
大きな変化にさらされていることを感じます。
一方で、顕在化しつつある人口減少によって、今後、
サービス業では人手不足の深刻化が懸念されてもいます。
こうした環境変化に先んじて対応し、お客様に長く支持される施設となるために、
今回の内容がお役に立てば幸いです。