第五十六話 「浜通りと会津地方」
「道元さんがバス停を降りてから、こちらにおいでになるまでの道路は、結構立派じゃありませんでしたか。」
会津の山奥の人通りも少ない場所に、このような立派な遊歩道付の道路があることに、少々違和感を覚えたことを道元は思い出した。
「あれはね。私の父が国会議員の榊原先生にお願いして作ったものなんですよ。父もずっとこの町の議員を長い間やっておりましてね。いや、だから旅館の経営は母にほとんど任せっぱなしでした。私がまだ子供の頃は、仲居さんがいない、内務さんがいないといった時には、よく手伝わされたもんです。父は、そんな時も議会だ、商工会議所の役員会だ、何だかの集まりだっては外に出て、ほとんど家にいなかったですな。」
それは、当時の大変さを思い返すというよりも、父がそれだけ地元での名士であり、有力者である事を誇りに感じているような話しぶりであった。
「それは、立派なお父様ですね。」
「しかし、この震災だろう。リーマンショックで落ち込んだ売上が戻り始めたら、この震災だ。しかも、運の悪いことに原発の事故まで発生しちまった。
浜通りの人間には悪いが、これまで原発の恩恵をそれなりに受けてきたのは浜通りだけなんだ。浜通りの自治体に行けば、こんな小さな町に似つかわしくない立派な公民館や病院、学校、東電関係の施設などが一杯ある。昔から我々会津の人間にはほとんど関係の無いことだったんだ。しかし、一度原発の事故が発生してしまうと、それは福島全体の問題となってしまった。特に我々観光業へのインパクトは大きい。
だから、今は原子力損害賠償金で何とかしのいでるわけだ。これがなければ、とっくにうちなんてつぶれていただろうな。まあ、皮肉だが、東電さまさまってところかな。」
朝倉社長は、のべつ幕無しに話した。誰に向かって話しているのか、自分でも分かっていないような感じだった。感情の起伏なく、まるで顔の見えない聴衆に静かな演説を行っているようであった。
その後も朝倉社長の話は2時間ほど続いた。道元もさすがに疲れ始めた頃、常務総支配人の上田光一が社長室に入ってきた。道元に挨拶するために来たようであった。
「道元副社長。これからよろしくお願い致します。」
若干慇懃無礼な感じの挨拶であった。年は60歳前後というところだろうか。ジェルが練り込まれてかき上げられた髪はテカテカしていた。肌つやも良く、健康そうなゴルフやけをしていた。
「上田常務。これから道元さんの指導をきちんと聞いてやってくれよ。」
「ええ、もちろんです。」
上田常務は、肌の黒さと対照的な白い歯を見せて人なつこい笑顔を道元に向けた。
…つづく