コンシェルジュノート

2010/12/17 それでもホテルは生き続ける

第十六話「時価評価の悪夢」

財務チームの公認会計士によるデューデリジェンスは、比較的スムーズに進んでいるようであった。不動産鑑定士からは事業用と非事業用全ての不動産の鑑定評価も出されていた。どの不動産にしても時価評価はかなり下がっており、時価評価に引き直した実態バランスシートは大幅な債務超過に陥っていた。

「帳簿上債務超過になっていないのに、どうして時価評価すると債務超過になるのですか。これがどれほどの意味があるというのですか。だって、事業は継続していくわけでしょう。それなのに、どうしてわざわざ時価評価して、過大な債務超過としてしまうのですか。」

社長の坂本は、経理課長の板東を隣にして凄んだ。何とかして帳簿上の債務超過を解消しようと努力をしてきたことが全く無意味であったように思えたのだった。帳簿上は約20百万円の資本超過であったが、公認会計士が報告した資本は、何とマイナス1,000百万円以上であった。財務会計に詳しくない人間から見れば、どう見たっておかしいと思う金額であった。

「社長さん、これはある意味事実の数字なんです。現在の会計原則では、企業再生における貸借対照表、いわゆるバランスシートにおいては時価評価をすることが定められているのです。いいですか、このホテルの建物と土地の時価は、不動産の鑑定評価によると約900百万円です。

そして現在の簿価が約2,000百万円です。多少の償却不足がありますが、それは置いておいてこれの差し引きを見て下さい。900百万円-2,000百万円=マイナス1,1000百万円となります。

そして、中小企業の場合は、中小企業特性と言って、いわゆる社長の資産を会社の資本と同一と見なして良いというルールがあります。社長個人の資産も鑑定評価しておりますが、こちらは100百万円弱です。つまり、これらを加味しても債務超過額は1,000百万円を超える金額になるのですよ。」

公認会計士の先生は、淡々と事実を述べるように話した。

「ですが、先生。こんなに債務超過している企業は既に生き残れないのではないですか。1,000百万円以上も債務超過の企業がどうして生き残れるのでしょうか。」

「そうかもしれません。しかし、社長。これは時価評価のせいばかりでは無くて、身の丈を超えた借入の大きさが主な要因なのですよ。つまり、現在収益では全く返済が出来ないほど借入を行ってきたと言うことでもあるのです。そして、この収益性の低さ、すなわち日常の運営の稚拙がもたらした結果なのです。」

公認会計士の先生は、落ち着いた表情と声で淡々とW国際グランドホテルの財務上の現状について伝えたのであった。歯に衣着せぬ物言いではあるものの、どちらかと言うと社長にこの現状を理解して欲しい、そのような願いのこもった落ち着いた言葉遣いであった。

「それは・・・。日頃の運営は森下総支配人に任せていた。それをきちんと私が管理していなかったと言われればそうかも知れませんが・・・。」

「この辺りの話については、まさに事業の中心的な課題となりますので、事業チームの先生からお聞き頂ければと思います。」

「分かりました。」

結局は、日頃のホテルマネジメントのまずさが結果的にこのような状況を招いたことを、この実質的な債務超過の金額を聞くことで、坂本は改めて認識したのだった。

つづく