コンシェルジュノート

2011/03/29 それでもホテルは生き続ける

第二四話「桜の季節」

 「ようやく、合意が得られたか。」

W県中小企業再生協議会の牧副統括責任者からの電話を切った後、坂本は椅子に深く腰掛けて大きく息を吐いた。坂本の脳裏には、同じように深く腰掛けて窓の外を眺めていた昨年の暑苦しい夏が甦ってきた。

 

資金繰りがきつくなり、もう後がない状態であった。頭の中にはカネをどうするか、それしかなかった。それでも、どうすることも出来ない自分がもどかしく、しかしどうにかしなければならない焦りだけがあった。メインバンクのあおいろ銀行からの勧めにより中小企業再生支援協議会の支援を得ることになった。不安感と若干の反発心の入り交じった複雑な感情がわき起こりながら、再生のプロセスを経てきた。その過程の中で、事業や財務における課題も浮き彫りになり、解決すべき方向性も見えてきた。

自分は、ホテル経営の何が分かっていたのだろうか、従業員の何を分かっていたのだろうか、お客様の何が分かっていたのだろうか。いや、何も分かってはいなかった。社長が本当になすべきことを何もやってこなかった。そんなことに気がつくのにそれほど時間はかからなかった。そして、周りの人間はそうやって自分を見ていたことにも気がついた。このような私的な葛藤もあったが、何とか今日を迎えた。経営者の地位を失い、自宅を失い、これまで蓄えた資産も失った。しかし、債権を大幅にカットして頂くこととなり金融機関には大変な迷惑をかけてしまったが、ともあれ、会社を守り、従業員を守ることが出来たのだ。それで由としよう。素直にそう思えた。

 

「社長。今後の営業戦略についてご相談したいのですが、お時間よろしいでしょうか。」

営業部長の坂本省吾が社長室に入ってきた。息子の省吾が国内の大手シティホテルから戻ってきていたのだった。

「いや、私はもうすぐ引く身だ。来週から赴任する予定のターンアラウンドマネージャーに相談しなさい。」

坂本は諭すように言ったが、少し思いとどまったようだった。

「決定権はないが、内容だけでも聞かせてもらえるかな。」

坂本営業部長は、今回の再生のプロセスで得た調査報告書や経営改善計画書を元に更に具体的な戦略と取り組みを考えているようだった。シティホテルの営業部での経験も活かされているようで、裏付けが明確であった。

「これは、宿泊課長の美沙樹と考えて作り上げたんです。」

 

これからが、W国際グランドホテルの本当のスタートなのだ。

 

窓から見えるソメイヨシノのつぼみが大きくなってきていた。1年前に見た景色と同じはずなのだが、今年のつぼみはいつもより大きい感じがした。坂本の目には、メインストリートに咲き誇る満開の桜が映りこんでいた。

おわり