コンシェルジュノート

2010/12/17 それでもホテルは生き続ける

第十七話「坂本伊織取締役の反論」

「先生。私には少し納得がいかないところがあるんですが。」

坂本社長は、事業担当の専門家に対して遠慮気味に話し始めた。

1週間ほど前に、2回目のバンクミーティングが開催されていた。その会議において事業と財務の専門家からデューデリジェンスの結果について報告があった。事業デューデリジェンスにおいて窮境の要因について報告があったのだが、そのポイントは下記のようなものであった。

1.       経営者のホテル経営スキルの不足。すなわち、経営上の意思決定は社長の勘により行われており市場や顧客動向を踏まえたものではないこと。一方、日常のホテル運営上の意思決定は森下総支配人に任せっぱなしで経営者としてのチェック機能が働いていない。

2.       現経営者が社長に就任した頃から、断続的に行った設備投資により借入金が過大となり、的確な返済計画などもなく、返済に必要なキャッシュフローが十分に得られなかった。経費を絞り込んできたものの売上の低迷が長期にわたり継続したことが、このキャッシュフローが十分に得られていない主な要因である。

3.       経営者と各部門長との意思疎通が不十分であること。特に社長の妻である坂本伊織取締役からは組織的な指示命令系統に即した指示ではなく、直感的でその場限りの指示が多く発せられており、組織運営に混乱を招いている。

4.       ユニフォームシステムなど、ホテルとしての計数管理の仕組みは作られているものの、それらを運営に活かすことが不十分であり、また従業員にも共有化を図るなどして迅速な対応を図ってこなかった。

5.       営業戦略や営業計画が無く、これまでの経験に沿った地縁を活かした訪問営業に終始しており、新規顧客の開拓が弱い。

6.       これらの状況により組織に停滞感が蔓延しており、新たな取り組みや顧客ニーズに即した新サービスの提供などがほとんど行われておらず、集客力の低下を招いている。

「特にこの窮境の要因の3番目にある伊織取締役が指示命令系統を乱しているというくだりですが・・・。」

伊織取締役は社長の言葉を遮り、

「私は、旅館に生まれた娘として小さい頃から接客に慣れ親しんできました。お客様からも良くかわいがって頂いて、私を目当てにおいで頂くことも多いんです。お客様の先を読むサービス、これを心がけて日々現場で指導しているんです。それのどこがいけないというのですか。森下総支配人だけでは見切れない細かいサービスが出来るように、随時指示を出していることがどうしていけないことなんでしょうか。私には納得がいきません。」

専門家は伊織取締役を見据えてから、

「あなたは、従業員の喜んでいる顔を見たことがありますか。従業員が楽しそうに働いてもらえるように努力したことはありますか。お客様に本当にすばらしいサービスを提供するためには、従業員が生き生きと働いていないと実現できないのではないですか。」

伊織取締役は、依然として厳しい表情で専門家の話を聞いていた。

つづく