コンシェルジュノート

2010/12/17 それでもホテルは生き続ける

第九話「家族」

 「あなた。これから私たちどうなるの。」

 伊織は自宅のキッチンで作りたてのパスタを真っ白なプレートに盛りつけながら、社長である夫に話しかけた。雄司はぼんやりとテレビを見ながら、伊織の方を振り向いた。

 

「分からん。」

 

「分からないって。どういうことなのよ。」

 

「会社が生き残ることが一番なんだ。そのためには出来ることは何でもするって決めたんじゃないか。」

 

「そりゃ、そうだけど。銀行に会社の再建に協力してもらうってことは、それなりの覚悟が必要なんじゃない。たとえば、自宅や私たちが持っている貯金なんか全部持っていかれるんじゃないの。そうなったら、私たちはどうすればいいの。省吾や美沙樹だって、いずれかは今勤めているホテルからうちの会社に戻ってきてもらうんじゃなかったの。こんな状態じゃ、あの子たちは苦労するだけじゃない。」

 

「お前は、省吾と美沙樹に対してどのように話すればいいと思う。」

 

伊織は珍しく考え込むような仕草をして、パスタを絡めたフォークを止めた。

「・・・分からないわ。」

 

長男の省吾は、国内資本大手のシティホテルで勤務していた。フロントや料飲を経験した後、現在は営業部の課長になっていた。

 人当たりも良く部下からも慕われ、優秀な社員として一目置かれていた。いずれは自分の会社に戻ることは意識していたが、現在の会社での仕事がおもしろく、自分の成長につながっているという充足感もあった。

 

 一方、長女の美沙樹は外資系のホテルチェーンに勤務しフロントを経験した後、広報の職に就いていた。

 美沙樹も自分の仕事にやりがいを感じていた。親の会社はお兄さんに任せて、自分のやりたいことをやっていきたいと考えていた。

 てきぱきと仕事をする様は母親譲りで、勝ち気なところはあるものの自分の考えている方向へ持っていくバイタリティに溢れていた。

 また、結婚を考えている彼氏もいたので、まだ親には紹介していないものの、いずれは結婚したいと考えていた。省吾も美沙樹も、自分の親の会社がどのような状況にあるのかについては全く知らなかった。

 

父親から電話があるなんて、何年ぶりかしら。そんなことを考えながら待ち合わせのホテルロビーへと美沙樹は向かっていた。ロビーのコーヒーショップには、父と兄がすでにテーブルに向き合って座っていた。

「お待たせ。」

美沙樹は軽く微笑みながら声をかけた。

「おう、元気か。」

同じ東京にいながら、なかなか兄弟で会うことはなかったので、非常に懐かしい感じを持って省吾は声をかけた。

しばらくは省吾と美沙樹の近況報告などの話で盛り上がっていた。省吾は自分の任されている仕事について、責任と大きさとそれをしっかりとやることが自分のためにもなっていることを雄司と美沙樹に熱く語っていた。美沙樹も広報の仕事の内容と外資系特有の習慣についてあっけらかんと楽しそうに話していた。

「ところで、お父さん、話って何なの。」

ホテルのロビーは様々な人が行き交い、落ち着いた雰囲気の中にもそれぞれの思惑がうごめく独特の雰囲気を醸しだしていた。

つづく