コンシェルジュノート

2010/12/17 それでもホテルは生き続ける

第六話「取締役と総支配人の確執」

 経営会議が終わり、総支配人の森下は総支配人室に戻り、肘掛けのない簡素な回転椅子に座り込んだ。

総支配人室と言ってもフロントバックの奥に簡単なパテションで仕切られた4畳ほどの狭いスペースである。森下は先ほどの会議で提示した資料を取り出して、もう一度見直していた。

宿泊部門の売上がリーマンショック以降一貫して低下傾向にある要因は明らかだった。周辺に宿泊特化型のいわゆるバジェットタイプのホテルが増えたこと、当ホテルの施設が老朽化しておりハード面でディスアドバンテッジを抱えていることの2つが大きな要因であった。

つまり、サービス力を向上させても、たとえ顧客満足度を上げても、そもそもお客様が当ホテルにおいで頂けない状態であるのだ。お客様は検討の段階から当ホテルをその俎上に載せることは無いのである。

 だからと言って、現在設備投資が出来る状況でないことも理解していた。板東経理課長からは資金繰りについても報告を随時受けており、逼迫している状況であることを理解していたからである。

そのため、最低限必要な修繕にも十分に対応が出来ておらず、エアコンなど空調機器の不具合や外壁のクラックから雨水が染みこんでおり客室の天井に染みが発生している箇所もあった。このままでは益々競争力を無くしてしまい、更に集客力が低下していくのは目に見えていた。

 

森下がそれまで勤めていた外資系のホテルチェーンを退社して、W国際グランドホテルに途中入社して10年経過していた。

先代の社長が退任する頃に知り合いから紹介されたのが森下であり、当時の総支配人のオペレーション能力に疑問を持っていた先代の社長は外資系ホテルチェーンの素晴らしいマネジメントシステムを体得している森下を一目で気に入り、自社への入社を強く働きかけたのだった。

また偶然ではあったがW国際グランドホテルのある街は森下のふるさとでもあったのである。このようなこともあり、森下はW国際グランドホテルに入社することとなったのであった。それから、森下が入社した頃には管理会計という概念がなかったこのホテルに、米国のユニフォームシステムの概念を取り入れた部門別会計を浸透させていた。

また、組織における各スタッフの機能を明確にして責任を与えるとともに権限も委譲していった。このような取組から、W国際グランドホテルは近代的なマネジメントシステムが整備されつつあった。

そのため、リーマンショック以降は特に部門別の経費の見直しをかけて削減できるものはことごとく絞っていた。しかしながら、売上の低下が大きすぎて経費の削減では追いつかない状況が続いていたのである。

「ちょっと良いかしら。」

取締役の坂本伊織が総支配人室に入ってきた。

「何でしょうか。」

「先ほどの経営会議での話だけど、サービス力を上げていくために総支配人はどうしようとしているの。早く動かないと益々売上は下がる一方じゃない。」

「そうですが。確かにサービス力を上げていくことも重要ですが、売上が下がっている要因は競合環境の変化と当ホテルの施設の優位性が低い事なんです。こちらをどうすればよいか・・・。」

「そんなことは良いの。ホテルの基本はサービスでしょう。如何にサービスの質を上げてお客様に喜んで頂くか。これが原点じゃないの。これを追求するのが総支配人の仕事じゃないの。とにかく、従業員教育を始めるなど早い対応をお願いするわ。」

 坂本伊織はそう言い捨てて総支配人室を出て行った。

つづく