コンシェルジュノート

2016/12/13 再建屋 道元

第81話 『買収』

(株)セントラルホテルチェーンが立地するW市に一番古く歴史あるシティホテル
がWグランドホテルであった。ちょっと今では古めかしい外観のグランドホテル
であるが、その重厚な雰囲気と広大な庭園を併設する贅沢な作りは老舗たる風格
を醸し出していた。伊藤社長は最上階にあるバーで一人グラスを傾けていた。

「いやー、伊藤社長、申し訳ない。遅れてしまって。」

少しはげ上がった頭をせわしく前後に振りながら伊藤が座っているカウンターの
隣に座ろうとしていた。

「佐橋社長。私もさっき来たばかりで。ほら、このスコッチも一口舐めただけだ。」

伊藤はそう言いながら、グラスを取り上げて軽く香りをかぎ、更に一口スコッチ
を流し込んだ。

「で、どうですか。考えていただけましたか。あっ、私も同じものを。」

バーテンダーに伊藤と同じスコッチをオーダーしながら慌ただしく問いかけた。

「確かに、譲渡金額だけ見るとそれほど悪くはないんだが・・・。」

「だったら、良いでしょう。決して悪い話じゃないんだ。この前私が取得した鑑
定評価によると4アウトレットで1,000百万円。それにプレミアムを10%つけて1,1
00百万円で買おうって言うんだ。これ以上の条件はないと思うだが。」

「まあ、そうなんだが。もう少し待ってくれないか。」

伊藤はそう言い、グラスを傾けた。佐橋は隣県でビジネスホテルを経営している
オーナー社長であった。かねてよりこのW市に事業基盤を拡大したいと希望して
おり伊藤に買収を持ちかけていたのだった。
伊藤には気になっていることがあった。確かに、佐橋社長のビジネスホテルチェ
ーンに売却すれば、その売却資金を使って本業の不動産事業を拡大することが出
来る。しかし、(株)セントラルホテルの4アウトレットはもっと頑張って、もっ
と収益が上がるのではないか、つまりもっと高く売れるのではないか、そうであ
れば急いで売却することもないだろうという、明確に数値的な判断基準があるわ
けではなかったが、何となくの勘が働いていた。今までもそうだったが、この勘
に自分は助けられたことが多かったのだ。

「この4つのホテルを買いたいという会社があるんだが、道元さんはどう思うか
ね。」

伊藤社長は道元と社長室で向き合っていた。

「伊藤社長はもう少し高く買ってもらえる会社を探していると言うことでしょう
か。」

伊藤社長の考え方や嗜好はある程度理解していたので、そのようなところだろう
と当てずっぽうで答えた。

「まぁそんなところだ。」

本心を話すときに表情に出る鋭い眼差しをして道元を見ていた。