コンシェルジュノート

2016/11/08 再建屋 道元

第80話 『声がけ』

「千島さん、千島さん、聞いてますか。」

D店支配人の塩崎はぼーっと考え事をしている千島支配人に呼びかけた。

「あぁ、塩崎さん、どうした。」

「どうしたじゃないですよ。ぼーっとして。疲れているんですか。」

千島支配人は、目の前にある大洋盛の1合瓶を取り上げて手元のぐい飲みに注いだ。

「塩崎さんのお店ではあまり退職者がないようだけど、実際のところどうなの。」

塩崎支配人も千島支配人の前にある大洋盛をさっと取り上げて自分のぐい飲みに
一気に注ぎ入れた。

「やっぱり、退職者はいますよ。年に2~3名はね。でも千島さんのA店よりは少
ないと思いますよ。」

ぐい飲みの大洋盛を少し口に当てた。

「やっぱり、現場で働いていると何かとあるじゃないですか。僕はアルバイトか
ら支配人になったので、現場の末端で起こっていることが分かるんですよ。」

残りの大洋盛を一気に飲み干した。

「場の雰囲気とスタッフの顔色、身だしなみ、スタッフ同士の何気ない会話。こ
の仕事と何にも関係ないところに現場の本質が見えるんですよね。やっぱり、ス
タッフ同士けんかしていると、なんとなくスタッフ同士の会話も少なかったり、
感情のこもっていないやりとりになりがちですし、顔色がすぐれず、身だしなみ
が乱れていると心が乱れている証拠だって、先輩にもよく言われました。それが
プライベートなのか仕事が原因なのかは分かりませんが、ただそういう状況にあ
るのは間違いないでしょう。」

千島もぐい飲みを一気に飲み干した。

「それで、塩崎さんはどうするの。」

「何か変だなと思ったら、すぐに声を掛けるんです。忙しいときでも、ちょっと
落ち着いたらフロントバックに呼んで、最近仕事どう? 大変じゃないの?って
ね。」

隣の酔客の大きな笑い声が店内に響いた。ひとしきり笑い声が納まるのを待って、
塩崎は続けた。

「スタッフからすると、支配人がすべてを解決してくれるわけじゃないけど、自
分のことを見ていてくれて、気にしてくれて、声を掛けてくれることがうれしい
みたいなんですよね。声を掛けてあげたあとは、ちょっとだけ吹っ切れたように、
また頑張ってくれます。そして、また、落ち込んだりもすることもあります。そ
うしたら、また声を掛けてあげる。その繰り返しです。前に進んでいるんだか、
進んでいないのか分かりませんが。」

「やっぱり、そうだよな。」

ふっと独り言をつぶやいて、千島はぐい飲みに大洋盛をなみなみと注いだ。